リスト/巡礼の年第二年「イタリア」  




使用ピアノ、ニューヨーク・スタインウェイ
『CD75』1912年製
ホロヴィッツが使用していた名器

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1、アルカデルトの「アヴェ・マリア」


巡礼の年 第二年「イタリア」

2、婚礼

3、物思いに沈む人

4、サルヴァトール・ロサのカンツォネッタ

5、ペトラルカのソネット 第47番

6、ペトラルカのソネット 第104番

7、ペトラルカのソネット 第123番

8、ダンテを読んで〜ソナタ風幻想曲


   


序文
ここはミラノの空港、ロンドンに向かうフライトを待ちながらこの文章を書いている。昨夜のピアノは美しいハンブルグ製の新しいスタインウェイだった。実に品の良い、下から上まで綺麗に統制された音。これならば誰の耳にも心地よく響き、どんなピアニストも文句は言わないはずだ。

北米ではニューヨーク製、その他の地域ではハンブルグ製のスタインウェイが演奏会での主流ピアノである。同じスタインウェイとは言え、それぞれに個性的な音を持っている。しかも、同じ年代でも楽器個体によって違いがあるのは当然、モデルチェンジがあれば同じ型番でも全く変わってしまう。さらに調整の仕方によって音も弾き心地も変わる。それ程までにピアノは千差万別である。ピアノメーカーたちは何とかして均一に高品質なピアノを提供できるよう、努力を重ねてきた。調律師たちも、どんなピアニストにでも満足してもらえるよう、その腕を磨いている。だから今、私たちピアニストはどこに行っても、安心してコンサートに臨めるのだ。

ニューヨークスタインウェイ『CD75』
真に不思議な楽器である。この1912年に造られた楽器に触れると、果たしピアノは本当に過去百年間に進化したのか、疑問をもってしまう。普段私たちが耳にし、弾き慣れている楽器とは全く別物なのである。もはや楽器による個体差とは言い難いほどの違いなのだ。今まで重ねてきた練習は何だったのか?全く無駄だったか?と悲しくなるほど、この楽器での演奏の役にはたたなかった。この感覚はまさに、フランツ・モア氏が調整した1887年製のニューヨーク・スタインウェイ『ローズウッド』(CD「巨匠たちの伝説」で使用)に初めて触れた時のものと同じ、いや、それどころではない、それ以上のショックだった。

CDという識別コードは、数あるニューヨーク製フルコンサートグランドの中から選ばれた、真の演奏会用ピアノに付けられたエリートコード。その中にホロヴィッツによって気に入られた、世界に数台と無い非常に貴重な、正真正銘の選りすぐりのピアノが存在する。そしてこの『CD75』は、その中でも「特に彼が気に入った」という、ダイヤモンドの中のダイヤモンドである。
「均一」からは程遠い、個性的な楽器。そしてホロヴィッツが好んだ、これまた個性的な調整!(この調整が出来るのは世の中にわずか2人、フランツ・モア氏と高木裕氏しかいないことを明記しておこう。)
ここまでに美しい音色と、恐ろしく研ぎすまされた反応を持った楽器が他に存在するだろうか?ほんの少しのタッチの違いがはっきりと音に出る。それがピアニストにとってどれ程の悦びか、皆さんに想像できるだろうか?そしてそれがピアニストにとってどれ程恐ろしいことかも!

均一化されたピアノは誰にでも優しい。しかし、それは演奏家にインスピレーションを与えてはくれない。現在もピアノメーカーたちがしのぎを削り、最高の楽器を造ろうと頑張ってくれている。頼もしい限りだ。全ての楽器にそれを望むことはできないのは承知の上、しかし、今から百年後にその年月を熟成し、どんな新しい楽器も歯が立たないような、素晴らしく、そして個性的な、均一から飛び出した楽器を造ることを目指して欲しい。それを望むピアニストが必ずいるはずだから!

そして私は今、この楽器を演奏することができる事に私服の悦びを感じ、その機会を与えて下さったタカギクラヴィアの高木裕社長に心から感謝している。


2012年 春
江口 玲



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