
使用ピアノ
NYスタインウェイ
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序文
ショパンが最初に書いた作品はポロネーズであり、亡くなる直前に書き記したのはマズルカであったと言われている。双方ともポーランドの文化に根付いた民族色の濃い舞曲であり、ショパンの音楽の根源である。 このCDではその最初のポロネーズから最後のマズルカまでの中から自由に抜粋し、年代順にほぼ一年ごとに並べていった。ポーランド人ショパンの、その短い一生をポロネーズとマズルカで表現できるのではないかと思ったからである。
ショパンに置ける即興性と多様性
ショパンの演奏については様々な記述が残されている。一貫して語られるのは、ショパンの演奏が如何に魅力的であったか、その即興性に人々は常に魅了された、ということである。同じ作品を二度同じように演奏するようなことは無かったし、ノクターンやマズルカを演奏する際にはあちこちに即興的な装飾がちりばめられ、その時の気分で同じ曲でも全く別の曲のように聴かせることができた。演奏会でしばしば彼がおこなった即興演奏は、常に聴衆に驚嘆をもたらした。
ルバート!しばしばピアニストを悩ませる「左手は正確な拍子を保ち、右手は気の向くままに自由に」というショパンの言葉。「正確な拍子」が何を意味しているのであろうか?「ショパン本人の演奏を何度も聴いたことのある人でなければ、その秘密をつかむのは容易なことではない」「葉が風にざわめき波打っているが、幹は動かない。これがショパンのルバートだ」(フランツ・リスト Franz Liszt 1811 - 1886)、「ところが葉がそよぐどころか、幹までも大揺れに揺れることもあるのだ」(ヤン・クレチニスキ Jan Kleczy?ski 1837 - 1895、ポーランドのピアニスト)、「ショパン自身が演奏するときには拍子をあまり正確に守らず、霊感の赴くままに弾くことがあるが、それがまた美しい!」(エリザヴェータ・シェレミェチェフ Elisaveta Cheremietieff、ショパンの生徒)。
即興性と多様性、それがまさにショパンの音楽の本質なのだ。
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1、ドンブロフスキのマズルカ「ポーランド未だ滅びず」
(作者不詳/ショパン編曲 1835年、江口玲復元 2010年)
2、ポロネーズ ト短調 (1817年)
3、マズルカ 変ロ長調 (1825-26年)
4、ポロネーズ Op.71-3 (1826-28/1829年?)
5、マズルカ Op.68-3 (1830/1829年?)
6、マズルカ Op.7-3 (1830-31年)
8、マズルカ Op.17-4 (1830-33年)
9、マズルカ Op.24-1 (1833-36/1834-35年?)
10、マズルカ Op.67-3 (1835年)
11、マズルカ Op.30-3 (1835-37年)
14、マズルカ Op.41-2 (1838-39年)
16、ポロネーズ Op.53 (英雄ポロネーズ、1842年)
17、マズルカ Op.59-2 (1845)
18、幻想ポロネーズ Op.61 (1845-46年)
20、マズルカ Op.63-3 (1846年)
21、マズルカ Op.68-4 (1849年)
22、ノクターン Op.9-2 (1830-31年)
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